道-Tao-を描く 〜老子を詠む女性画家たちの講読会〜

<一晴画廊 企画展ブログ> 中国古典の名著、老子『道徳経』をテーマに2018年11月3日(文化の日)〜11日11日(日)に京都の一晴画廊にて展覧会を開催します。それぞれの画家が老子を読み解き、絵画へと変換していく思考の過程を一般公開する、新しい試みのブログです。

先を見据える力と感謝の気持ち  山名しおり

山名しおりです。
 
一昨日、出勤前に父の通院に付添うことがあり、不意に出来た待ち時間を利用し
 
老子道徳経のテキストを手に取りブログを書いていました。
 
その瞬間の気持ちとも重なった「23章 曲なれば則ち全し」を取り上げたいと思います。
 
曲(きょく)なれば即ち全(まった)し、枉(ま)がれば即ち直(なお)し、窪(くぼ)めば即ち盈(み)ち、敝(やぶ)るれば即ち新たなり。
 
曲がりくねった役立たずでおれば、身を全うできる。
 
柔弱を守って剛強をさける処世態度が書かれ、
8章「上善は水の若し」と同じく不争の徳が語られています。
 
自ら伐(ほこ)らず、故に功あり、自ら矜(ほこ)らず、故に長(ひさ)し。それ唯(た)だ争わず、故に天下も能(よ)くこれと争う莫(な)し。
 
負けて勝つという逆転の発想
 
目前にある物事に振り回されていると、そんな風に思えず 
すぐに良い結果を得たい、評価されたいという気持ちになってしまうことが誰しもあるのでは
ないでしょうか。
しかし、この章を読むと、もっと先を見なさいと言われている気がします。
 
この処世術はとても深いと思います。
 
先を見据える力と勇気の要ること、そして自分自身を強く持たなければ成し得ないことです。
 
 この「23章 曲なれば則ち全し」で書かれている深さを自分自身へ落とし込めた訳ではありませんが、
この章について考えたことで、正直なところ家族の役割として過ごしていた病院での待ち時間にさえ、
気付けば感謝している自分がいました。
 
父か居てくれて、
私が父と病院へ付き添える時間を与えてもらったからこそ、
老子を詠む時間と小さな気付きを得れることができたことに感謝した一日でした。
 
 
 
<書き下し文> 
曲(きょく)なれば即ち全(まった)し、枉(ま)がれば即ち直(なお)し、窪(くぼ)めば即ち盈(み)ち、敝(やぶ)るれば即ち新たなり。少なければ即ち得られ、多なれば即ち惑う。ここを以(も)って聖人は一(いつ)を抱きて、天下の式(のり)と為る。自ら見(あらわ)さず、故(ゆえ)に明らか、自ら是(よし)とせず、故に彰(あら)わる。自ら伐(ほこ)らず、故に功あり、自ら矜(ほこ)らず、故に長(ひさ)し。それ唯(た)だ争わず、故に天下も能(よ)くこれと争う莫(な)し。古(いにし)えの謂(い)わゆる曲なれば即ち全しとは、豈(あ)に虚言(きょげん)ならんや。誠(まこと)に全くしてこれを帰す。
 

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