道-Tao-を描く 〜老子を詠む女性画家たちの講読会〜

<一晴画廊 企画展ブログ> 中国古典の名著、老子『道徳経』をテーマに2018年10月30日(火)〜11日11日(日)に京都の一晴画廊にて展覧会を開催します。それぞれの画家が老子を読み解き、絵画へと変換していく思考の過程を一般公開する、新しい試みのブログです。

息子のひとこと 山名しおり

山名しおりです。
 
半年くらい前、息子にこんなことを言われました。
 
「自分を大切にすることが、周りも大切にすることなんや。」
(本人は災害時等の学校での避難訓練場面を想像してだと思いますが)
「危ない!ってなったら、ごめんやけどお母さんを置いて、俺自身を自分で守るから。」
と言ってました。
 
私は、咄嗟に言葉が出てこなかったものの、
でも「あぁ、それで良いよ」と心の中で答えていました。
 
何となく、この息子の一言を思い出したと同時に
そういえば・・と13章「寵辱には驚くが若し」のこの一文を思い出しました。
 
われに大患有る所以(ゆえん)の者は、われに身有るが為なり。われに身無きに及びては、われに何の患(わずら)い有らん。
 
人々は寵愛を受けるか屈辱を受けるかびくびくしているが、心配事を持つのも
身体があってこそのことだ。
身体がなければ何の心配事が起こるのか。
 
故に身を以(も)って天下を為(おさ)むるより貴べば、若(すなわ)ち天下を托(たく)すべく、身を以って天下を為むるより愛すれば、若ち天下を寄すべし。
 
そして、わが身を大切にする人にこそ天下を任せられるのだ。
 
 
息子の一言から自らを大切にすることが基本であること、
そして、老子道徳経の中の一文からも、改めて教えられた瞬間でした。
 
悩む日々も何もかも、この身があってこそなのだと。
 
 
<書き下し文>
13章「寵辱には驚くが若し」
 
寵辱(ちょうじょく)には驚くが若(ごと)し。大患(たいかん)を貴ぶこと身の若くなればなり。何をか寵辱には驚くが若しと謂(い)う。寵を上と為(な)し、辱を下と為し、これを得るに驚くが若く、これを失うに驚くが若し。これを寵辱には驚くが若しと謂う。何をか大患を貴ぶこと身の若しと謂う。われに大患有る所以(ゆえん)の者は、われに身有るが為なり。われに身無きに及びては、われに何の患(わずら)い有らん。故に身を以(も)って天下を為(おさ)むるより貴べば、若(すなわ)ち天下を托(たく)すべく、身を以って天下を為むるより愛すれば、若ち天下を寄すべし。
 

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