道-Tao-を描く 〜老子を詠む女性画家たちの講読会〜

<一晴画廊 企画展ブログ> 中国古典の名著、老子『道徳経』をテーマに2018年10月30日(火)〜11日11日(日)に京都の一晴画廊にて展覧会を開催します。それぞれの画家が老子を読み解き、絵画へと変換していく思考の過程を一般公開する、新しい試みのブログです。

御池通の蝉の声  山名しおり

山名しおりです。

 

このブログで自転車で走っているときのネタを時々書いていますが、

御池通を毎朝自転車で走っていると蝉の声が物凄いです。

大合唱です。

少し一本横の道に入ると少し蝉の声が遠のくのですが。

濁流の音のように蝉の声が凄く響いています。

 

でも不思議なもので、たまに蝉の声が聞こえなくなる時があるのです。

並木から遠ざかって住宅街に入っているからではありません。

この季節、木々の数がある程度ある場所では蝉の声を聞くことができます。

正確に言うと、蝉の鳴き声に気付いていないのです。

原因は

大概、考え事をしているときだったり、何か心に捉われているものがあって疲れている時などです。

 

今朝も 同じ時間に御池通を走っていたのに蝉の声が聞こえませんでした。

鴨川の橋を渡り、川端通の辺りで蝉の声がようやく聞こえてきました。

 

ふと我に返った気がしました。

私は蝉の声に気付かないくらい何に心を捉われているのだろうと。

 

そしてその瞬間に47章の「戸を出でずして」を思い出しました。

<書き下し文>

 戸を出でずして天下を知り、牖(まど)より闚(うかが)わずして天道を見る。その出ずることいよいよ遠(とお)ければ、その知ることいよいよ少なし。ここを以って聖人は行かずして知り、見ずして名(あきら)かにし、為さずして成す。

 

現代語訳としては「戸口から一歩も出ないでいて、世界のすべてのことが知られ、窓から外をのぞきもしないでいて、自然界の法則がよくわかる」とあります。

でも、一つの小さな物事に捉われていて今の時期しか聞けない蝉の声も耳に入らないようでは、何も見えて来ない気がするのです。

47章では「足元を見よ」ということが説かれていますが、足元を見るにはまず自分自身が落ち着いてフラットな心でいなければならないと思うのです。

 

それこそ私が捉われていることは小さなこと。

蝉の声にそんなことを気付かされた瞬間でした。

 

 

 

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