道-Tao-を描く 〜老子を詠む女性画家たちの講読会〜

<一晴画廊 企画展ブログ> 中国古典の名著、老子『道徳経』をテーマに2018年10月30日(火)〜11日11日(日)に京都の一晴画廊にて展覧会を開催します。それぞれの画家が老子を読み解き、絵画へと変換していく思考の過程を一般公開する、新しい試みのブログです。

六十四、その安きは持し易く  宮毬紗

宮毬紗です。

 

親戚の木島さんのご了解を得て、明治時代の日本画家・木島桃村の若き日の図案を、実際に染めてみることになりました。

 

これは、大きな挑戦です。

21歳の若さで亡くなった桃村は、優れた図案を多く残しています。

もしも、これが今の時代に日の目を見たらと、ふと思い立ちました。

 

思いついたとき、鳥肌が立ちました。

 

「優れた芸術は、どんなに歳月が流れようと、一時は闇に埋もれようとも、決して死ぬことはない」

 

早くに筆を置いた画家を思うと、思いがこみ上げます。

 

 

私の仕事は、明治時代に残されたものに支えられています。

曽祖父が残してくれたものを、精神的にも受け継いでいます。

 

ですので、ご先祖様に顔向できないような仕事はできません。

新しいことを決めるときには、お仏壇に、「これをやっていいでしょうか」とお伺いを立てます。

 

ご先祖様は、あの世にいても、私の上司のような存在です。

直接、教えてくれることはなくても、いつも変わらずに見守ってくれる、最強の上司です。

 

そのような思いで、この章を読んでいました。

 

その安きは持し易く、その未だ兆(きざ)さざるは謀り易し。

その脆きは泮(と)かし易く、その微(び)なるは散らし易し。

これを未だ有らざるに為し、これを未だ乱れざるに治む。

合抱(ごうほう)の木も毫末(ごうまつ)より生じ、九層の台も累土(るいど)より起こり、千里の行も足下(そっか)より始まる。

為す者はこれを敗り、執る者はこれを失う。

ここを以って聖人は、為すこと無し、故に敗るることも無し。

執ること無し、故に失うことも無し。

民の事(こと)に従うは、常に幾(ほと)んど成るに於いてこれを敗る。

終りを慎しむこと始めの如くなれば、則ち事を敗ること無し。

ここを以って聖人は、欲せざるを欲して、得難(えがた)きの貨を貴ばず。

学ばざるを学びて、衆人の過ぎたる所を復(かえ)す。

以って万物の自然を輔(たす)けて、而して敢えて為さず。

 

「安定しているものは、維持しやすく、こじれていない問題は、解決しやすい。」

守屋洋氏の訳です。

 

私は京都に生まれ、歴史に助けられ、安心して芸術の道を進んでいます。

良いものを末長く守る土壌が、激動の明治の大政奉還後から、戦後中、戦後と、日本画家を守ってきました。

 

私の生家の周りには、明治、大正と日本画家が多く住んでいて、少し歩くと、上村松園、松篁が画室にした京町家が残っています。

 

近所には、放光堂、彩雲堂と、明治からの日本画家の傑作を支えた、老舗の日本画専門の絵具屋さんがあります。

 

日本画家にとって、これほど贅沢な土地はないでしょう。

 

 

ひとりで進む道は、気軽で、自由です。

 

ですが、京都という場所で生きる私には、心もとなく、どこか安定していません。

守られている安心感が、私を自由にしてくれます。

 

守っていただいている感謝を忘れず、日々精進していこうと思います。

 

 

 

にほんブログ村 美術ブログ 創作活動・創作日記へ
にほんブログ村

にほんブログ村 美術ブログ 画家・女流画家へ
にほんブログ村

 

 

一晴画廊はこちらから

ichiharugallery.hateblo.jp

 

世界で活躍したい人のためのアート・レッスン

世界の富裕層・エリートになるために、若いあなたへ伝えたいこと。 – 米国アイビーリーグでサイエンスを学ぶ娘へ贈るアート講座

 

 

画廊はこちら

ichiharugallery.hateblo.jp