道-Tao-を描く 〜老子を詠む女性画家たちの講読会〜

<一晴画廊 企画展ブログ> 中国古典の名著、老子『道徳経』をテーマに2018年10月30日(火)〜11日11日(日)に京都の一晴画廊にて展覧会を開催します。それぞれの画家が老子を読み解き、絵画へと変換していく思考の過程を一般公開する、新しい試みのブログです。

制作と日常の境界線  長谷川幾与

長谷川幾与です。

山名さんが記事に書かれていた、アイザックスターンの音楽を聴きました。

 

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山名さんの作品を思い起こさせ、心地良い時間でした。

老子に合わせて選ぶ音楽に、作家それぞれの「らしさ」が出ているように感じます。

 

山名さんのこちらの記事について、私も同様のことを考えていました。

 

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記事には、以下のような文章が引用されています。

 

人生を分割し、人生のいくつもの局面がそれぞれ無関係だと考えることで、

わたしたちは自分にできることや自分がなれるものをみすみす限定している。

老子なら、神秘的な悟りと日々の生活には関係があるだけでなく、二つを分離することで、

わたしたちは両方を根本的に誤解していると指摘するはずだ

 

現在、私は1歳の子供を育てていますが、子供が生まれてから数ヶ月は、

自分が母親になることへの葛藤がありました。

想像していた以上に子育てに時間を取られ、絵を描く時間がない、どうしようと、

毎日焦っていました。

 

しかし、宮さん、山名さんとお話し、老子を読んでいくことで、

母親になるということは、絵描きにとって、ちっともマイナスではないということを知りました。

 

山名さんが以下のように書かれています。


筆を持ち描く時間以外は作家ではないのだろうか。

柔らかな感性を持つことで、他の作業に従事しているときだって

「ものを作る時間」に変えることはできる。

 

本当にそうだなと思います。

最近は、日常と絵の制作の間に引いていた境界線が、どんどん薄れていっています。

日常を大切に過ごすことが、自然と、絵の深みに繋がっていくのです。

 

 

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