道-Tao-を描く 〜老子を詠む女性画家たちの講読会〜

<一晴画廊 企画展ブログ> 中国古典の名著、老子『道徳経』をテーマに2018年10月30日(火)〜11日11日(日)に京都の一晴画廊にて展覧会を開催します。それぞれの画家が老子を読み解き、絵画へと変換していく思考の過程を一般公開する、新しい試みのブログです。

モーツァルトのロンド   山名しおり

山名しおりです。

 

ここ2.3日ブログの記事の中でまた音楽のことを触れてみたいなと思って考えていました。

宮さん、長谷川さんの記事を拝見していると「老子」からお二人のテーマの広がりについて改めて感心する気持ちで一杯になりました。

 

私一人では知り得ない世界をいつも見させて頂いていることに感謝しています。

 

そして、宮さんがこの記事でご自身が体験した実感を率直に書いておられるのが、とても印象的でした。

私もかつて体験したこと「私自身の感じたこと」を書き残してみようと思いました。

 

ichiharugallery.hatenadiary.jp

 

 

 さて、音楽の話に戻ります。

 

私はかつてモーツァルトのロンド(クライスラー編)を一生懸命練習していた時期がありました。20代初めだったでしょうか。

 

クライスラーはヴァイオリニストであり作曲家です。1825年に生まれ1962年に亡くなっています。

余談ですが、その時代が持つ独特の匂いを背負っていて、彼の演奏はとても「粋」だと思います。

 

私たちが日常に耳にする音楽としては「美しきロスマリン」「愛の喜び」などが有名で聞いてみると「あ!知ってる!」と思われるはずです。

 

モーツァルトのロンドをクライスラーが編曲したのが、この曲です。

ww.youtube.com

 

この曲の中で2回目のカデンツァ(独奏、即興部分、つまりクライスラーのアレンジ部分というと分かり易いでしょうか)のあとで、最初の主旋律が出てくるのですが、その辺りを弾いているときに「あ、モーツァルトが遊んでる!。彼は音で遊んでる!」と初めてスコアから作曲者の意図を感覚的に捉えられた瞬間がありました。

正確にはクライスラーの翻訳を通してモーツァルトの感性を感じたということになるでしょうか。

私はこの曲が難しく苦手でしたが、そう感じ取れた瞬間、この曲が好きになれました。

 

私の感じ方で恐縮ですが、「私は感覚的にそう感じた」のです。

これまた、今でもはっきり覚えている瞬間です。

この文章を書くにあたり、楽譜を引っ張りだして読み直しましたが、確かこの辺だ!と私自身では確信があり、覚えていました。

 

老子という中国古典を読み解く中で「自分の解釈」ということは常に念頭にありますがクラッシックも同様でスコアをどう解釈するかということは一つの重要な要素です。

 

自らの身体を動かして楽器を弾くなかで、耳から感じとったこと。

私自身が体験した過去の出来事を振り返り、老子の文章も日常の中で、もっとさりげないふとしたことから感覚的に体験することができるのかもしれないと新たな可能性を感じました。

 

 

 

 

 

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