道-Tao-を描く 〜老子を詠む女性画家たちの講読会〜

<一晴画廊 企画展ブログ> 中国古典の名著、老子『道徳経』をテーマに2018年10月30日(火)〜11日11日(日)に京都の一晴画廊にて展覧会を開催します。それぞれの画家が老子を読み解き、絵画へと変換していく思考の過程を一般公開する、新しい試みのブログです。

ある一人の経営者から見たアートとサイエンス  山名しおり

山名しおりです。

 

長谷川さんが記事の中でアートとサイエンスについて書いておられました。

 

ichiharugallery.hatenadiary.jp

 シンポジウムに参加されるとのことで、そのお役に立つかどうか分かりませんが、

アートとサイエンスという言葉から私が思い出したある一人の経営者の方を紹介したいと思います。

 

中西徹さんという方です。

残念ながら既に他界しておられますが、「アートとサイエンス」という言葉から

まず、私はこの方を思い出しました。

 

中西徹さんは関西にある京阪電気鉄道株式会社で常務取締役、株式会社京阪百貨店取締役社長を務められ、同社会長に就任後1998年に亡くなられた方です。

私は直接の面識はありませんが、中学高校時代の美術の先生と父を通し、中西徹さんの存在を知ることとなりました。

 

中西さんは京阪百貨店の催事場(百貨店にある展覧会スペース)に「京阪ギャラリーオブ アーツ アンド サイエンス」という名称を付けられました。(現在は京阪ギャラリーに名称変更)
1985年頃のことですので、今からほぼ30年前のことです。

中西さんは京都大学哲学科で美術史を専攻されていたことから、開業当初から文化の発信地となるべく催事場にこの名前を付けられたそうです。

この名称の意味を自分なりに意識しだしたのは、私が大学生のころでした。

現在でも時折、30年前に中西さんはどれほどの思いでその名称を選ばれたのだろうかと、思いを馳せることがあります。

中西さんは京阪百貨店の認知を広めるため並々ならぬ思いを込めて催事場の位置づけをされていたようです。

バブル経済の時代背景の当時において、経営戦略にアートを念頭に置いておられたことから「アーツ アンド サイエンス」と名付けたこともうなづけると思います。

 

ご健在なうちに、一度お会いしてみたかったと思う方です。

幾つか著作も残されています。

「うだつ」を研究されていたので、主な著作は「うだつーその発祥と終焉」です。

 

うだつ―その発生と終焉

うだつ―その発生と終焉

 

 

 お会いすることは叶わないので、私自身は折に触れ、中西さんの著作を読み、どのような方だったのだろうかと思いを馳せることがありました。

今回長谷川さんの記事を拝見し、また中西さんの軌跡を読み直し、「アーツ アンド サイエンス」に込められた思いを想像しています。

 

(以下参考文献)

 ※画文集 港が見える丘 中西徹 著(私家版)1993年5月発行

    ※京阪百貨店30年のあゆみ 京阪百貨店社史編集委員会編集 2016年3月発行

上記文中の中西さんの略歴、就任歴等は参考文献より引用 抜粋

 

にほんブログ村 美術ブログ 創作活動・創作日記へ
にほんブログ村

にほんブログ村 美術ブログ 画家・女流画家へ
にほんブログ村

 

 

 

 

 

 

 

画廊はこちら

ichiharugallery.hateblo.jp