道-Tao-を描く 〜老子を詠む女性画家たちの講読会〜

<一晴画廊 企画展ブログ> 中国古典の名著、老子『道徳経』をテーマに2018年11月3日(文化の日)〜11日11日(日)に京都の一晴画廊にて展覧会を開催します。それぞれの画家が老子を読み解き、絵画へと変換していく思考の過程を一般公開する、新しい試みのブログです。

キリスト教と老子

宮毬紗です。

 

老子を読み、次第に仏教やキリスト教日本哲学といった、思想の勉強へと興味が広がり始めました。

 

最近では、バッハ作曲の『マタイ受難曲』から、キリスト教の「パッション」、受難についても調べていました。

 

受難曲は「マタイ」「ヨハネ」「マルコ」「ルカ」と、4つの福音書が典拠になっています。

教会での布教のために作られており、バッハ以前にも多くの楽曲が存在します。

 

受難曲は、最初は受難記事を朗誦する形式で、始まりました。

 

朗誦の部分に音階がついる資料が残っているのは、12世紀が最も古く、その後、演劇的な表現も取り入れられていきます。

 

オラトリオ形式(オーケストラ形式の楽器演奏がつく)になったのは、17世紀、バッハの若い頃からです。

キリストの受難を、ドラマチックに歌い上げます。

 

磔刑の様子を繰り返し再現して、日常でも、「十字架」という、強い感情を呼び起こす<シンボル>を拠り所にするキリスト教

 

一方で、「道」という、あるようでない、ないようであるものを拠り所にする老子の思想。

 

罪がはっきりと存在し、精霊の父が、我が子イエスに贖罪を求めるキリスト教との違いに、戸惑います。

 

再び、老子を読み返しています。

 

  

様々な文献を読んでいると、人間が生きるために、これほどの思想が必要だったのかと、圧倒されます。

 

世界中で宗教は、公的に知られていないものも含めると、おそらく1万以上は存在するでしょう。

哲学を含めると、さらに多い。

 

これからも増え続けるのだと思うと、人間の貪欲さ、悩みの深さの途方もなさに、怖くもなります。

 

 

さて、そろそろ作品の写真も、公開していく予定です。

 

 

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