道-Tao-を描く 〜老子を詠む女性画家たちの講読会〜

<一晴画廊 企画展ブログ> 中国古典の名著、老子『道徳経』をテーマに2018年11月3日(文化の日)〜11日11日(日)に京都の一晴画廊にて展覧会を開催します。それぞれの画家が老子を読み解き、絵画へと変換していく思考の過程を一般公開する、新しい試みのブログです。

老子の中に潜むリアルな視点

山名しおりです。


前回に引き続き法華経の思想を学んでいます。

そこで「十界呉具」という思想に出会いました。


仏教の「十界」という世界観は割とよく知られているかと思います。

十界とは六道(地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人界・天界)に四聖(声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界)を加えたものです。


「十界呉具」とは各界それぞれに十界が備わっている(所説に触れると膨大な話になるので、ここでは省略します)、端的に言えば仏界が十界(六道・四聖)全てに備わっているという思想です。


「十界」は区切られた世界ではなく、それぞれ「縁」によって変化するものとして考えられていることに思想の柔らかさがあります。
その思想の柔らかさについては、老子を読む中で常々考えていました。
今あるものは常に変化している。瞬間の命そのものが変化しているのだと。

日々は変化に包まれているからこそ柔軟であれという思想。
老子の各章を読んでいくと、内と外、具体的に言えば日常と非日常など相対する隔てはないという思想はよく見受けられます。


そして柔らかさには生があると具体的に表現している章が以下です。

 

76章「人の生まるるや柔弱」
人の生まるるや柔弱、その死するや堅強なり。

万物草木の生まるるや柔脆、その死するや枯槁(ここう)なり。故に堅強なる者は死の徒(と)にして、柔弱なる者は生の徒なり。

ここを以って兵強ければ則ち勝たず、木強ければ則ち折る。強大なるは下に処(お)り、柔弱なるは上に処る。

 

以前はこの章を詠んで、自然観察をもとにした比喩的に表現として読んでいたのですが、「十界呉具」の思想を念頭に置いて読み返すと、リアルな視点が含まれている文章へと印象が変化しました。

抽象的に感じる老子の文章の中に、実はリアルな視点が多く潜んでいるのではないでしょうか。

 

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